日本神経感染症学会
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ガイドライン

V.解 説

2003年の山口における第8回日本神経感染症学会で原案が提出され,翌2004年の弘前における第9回日本神経感染症学会においてその修正案についての最終検討がなされた成人用のガイドライン案は,ここに示したようなガイドラインとしてまとめられるに至った.しかし,これら2回の検討会においては,様々な点について活発な意見の交換がなされ,大変多くの議論がなされた.それらの議論点の中には,完全な意見の一致をみるに至らなかったものもある.従って,本ガイドラインには,未だ意見の多様性が残ったままになっている部分もある.臨床の場で本ガイドラインを利用するに当たっては,本ガイドラインに盲目的に従うのではなく,その作成過程でなされた様々な議論を考慮し,短い文言の奥に潜む重大な問題点に対して十分に思いを馳せていただきたい.そのようなことから,この項では,ガイドライン作成過程でなされた多くの議論のうち,ガイドラインの内容を正しく理解するために,重要と思われるものについて記載した.本ガイドラインを実践の場で使用される前に,是非これらの問題点についての議論の趣旨を知っていただき,今後更に完全なガイドラインへと改訂する努力を積み重ねていって頂きたいと思う.

(1)症状・徴候について

まず,原案では「単純ヘルペス脳炎の症状・徴候(成人)」であったタイトルが,第8回本学会ワークショップにて「成人の,主として1型の単純ヘルペス脳炎(HSV-1)による単純ヘルペス脳炎(HSE)の症状・徴候(成人)」に改められた.また,同ワークショップにおいてなされた議論に基づき,各症状の内容と頻度を明記するようにしたが,その根拠は高須ら(1984)によるところが多い.また意識障害の完成の早さを具体的に記することとした.原案では,幻覚・妄想は局所症状の中に入れられていただけであったが,局所症状と考えられる幻覚と,意識変容の部分症状と考えられる幻覚・妄想を分けて記載することとした.原案では,局所症状として「感覚障害」が入れられていた.これには文献的な根拠もあったが(Jubelt B & Miller JR 2000,Johnson RT 1998),一般に急性期では意識障害のため感覚障害の存在を確認することが困難であり,臨床的な意義は少ないと判断されたため,本ガイドラインには記載しなかった.

(2)診断基準について

診断基準に関して最も問題とされたのは,ウイルス学的検査所見についてである.髄液を用いたPCR法でウイルスDNAが検出されることを,最も重要な診断根拠とする点では意見の一致をみたため,当初は治療前の髄液によるPCR陽性をもって診断の根拠とする,と記載することも考えられたが,それを明記することにより,かえって治療開始後になって診断確定のための努力がなされなくなることを恐れ,必ずしも治療前の髄液による既知のウイルスに対するPCR陽性を,診断確定の条件とはしなかった.また,偽陰性の場合もあるので,PCR陰性でも診断を否定することにはならないことを明記した.

抗体測定による診断については,抗体価の有位な上昇を確認するための測定結果表示法や,髄腔内抗体産生を示唆する所見の具体的な基準につき,注釈を加えた.PCRや抗体測定の具体的な方法についても基準を設けるべきではないかとの意見も出されたが,今回のガイドラインではそこまで限定することはしなかった.

(3)治療指針について

抗ヘルペスウイルス薬の投与は,単純ヘルペス脳炎を疑った段階で開始するように推奨したが,このことが確定診断にいたる必要はないと誤解される可能性もあるため,疑診で抗ヘルペスウイルス薬による治療を開始したような場合にも,診断確定のための検査を怠ることのないようにとの注釈を加えることとした.第一選択薬としてはアシクロビルの使用を推奨するが,その副作用についても,注釈において注意を喚起することとした.また,当初は,軽症例に対しては一日投与量を減量したり,治療期間を短縮したりする具体的な方法の記載も考えられたが,軽症であるという見極めが問題であり,不完全な治療を是認することにつながることが懸念されたため,最終案からは軽症例の治療の詳細は削除された.これに対し,重症例に対するアシクロビルの常用量を超える大量投与については,患者や家族への十分なインフォームドコンセントを前提として,本ガイドラインに盛り込むこととした.

本ガイドラインには,脳幹脳炎,脊髄炎に対する,抗ウイルス薬と副腎皮質ステロイドの併用が書かれており,第9回本学会における最終検討の場でも,この点に関して特に議論はなかったが,その後,これらの病態では自己免疫機構が働いている可能性があったり,多発性硬化症やADEMとの鑑別診断が困難なことから副腎皮質ステロイドが併用されることが多いものの(Nakajima H et al 1998),副腎皮質ステロイドの治療効果にはエビデンスがないので,この項を削除したほうが良いとの意見が提出された.しかし,動物における実験的HSV-1脳炎では,副腎皮質ステロイドの併用に効果がみられ(Meyding-Lamade et al 2003),また,副腎皮質ステロイドの使用が,アシクロビルの抗ウイルス作用に悪影響を与えることはないことが明らかにされていること(Thompson KA et al 2000,Meyding-Lamade et al 2003),および,成人の臨床例でも副腎皮質ステロイドの併用は有用と考えられるという成績が出されていることから(Kamei S et al 2005),今回は原案通り,副腎皮質ステロイドの併用についての記載を残すこととした.

(4)鑑別診断について

成人の鑑別表の中に,亜急性硬化性全脳炎(SSPE)を記載するかどうかについて議論され,一旦は削除してよいと考えられたが,後に成人発症例の報告もあることが確認されたので,削除しないこととした.

 

単純ヘルペス脳炎診療ガイドライン─成人─
症状・徴候
診断基準
治療方針
鑑別診断
解説
まとめ
単純ヘルペス脳炎診療ガイドライン─小児─
症状・徴候
診断基準
治療方針
鑑別診断
解説
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